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大阪高等裁判所 昭和58年(ネ)1055号 判決 1985年9月25日

控訴人

岸洋一

右法定代理人親権者父

岸幸男

同母

岸裕子

控訴人

岸幸男

控訴人

岸裕子

右三名訴訟代理人弁護士

中尾英夫

堅正憲一郎

東幸生

被控訴人

西宮市

右代表者市長

八木米次

被控訴人

田村明彦

右両名訴訟代理人弁護士

美浦康重

米田泰邦

主文

原判決中控訴人岸洋一に関する部分を取り消す。

被控訴人らは、各自控訴人岸洋一に対し、金七二九七万円及びうち金六六九七万円に対する昭和五二年三月四日から右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原判決中控訴人岸幸男、同岸裕子に関する部分を左のとおり変更する。

被控訴人らは、各自控訴人岸幸男、同岸裕子に対し、各金三三〇万円及びうち金各三〇〇万円に対する昭和五二年三月四日から右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人岸幸男、同岸裕子のその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、控訴人岸洋一と被控訴人らとの関係では第一、二審を通じ被控訴人らの負担とし、控訴人岸幸男、同裕子と被控訴人らとの関係では第一、二審を通じてこれを三分し、その一を被控訴人らの、その余を控訴人岸幸男、同岸裕子の各負担とする。

この判決の主文第二、四項は、控訴人岸洋一につき金二五〇〇万円の、控訴人岸幸男、同岸裕子につき各金一〇〇万円の担保を供するときは、当該控訴人につき仮に執行することができる。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは、各自控訴人岸洋一に対し、金七二九七万円及びうち金六六九七万円に対する昭和五二年三月四日から右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人らは、各自控訴人岸幸男、同岸裕子に対し、各金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五二年三月四日から右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、第一、二審を通じ被控訴人らの負担とする。

5  第二、三項につき仮執行宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二  当事者の主張

次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

1  原判決八枚目表七行目冒頭から九枚目裏一一行目末尾までの記載を次のとおり改める。

「4 損害

(一)  控訴人洋一

(1) 逸失利益 二八〇七万八四七三円

昭和五八年度賃金センサス第一巻第一表、産業計、企業規模計、学歴計、男子労働者の一八歳―一九歳の平均給与年額は一七一万〇一〇〇円であるところ、控訴人洋一の労働能力喪失割合は、後遺症(一級)からみて一〇〇パーセントと考えられるので、右金額を基準として一八歳から六七歳までの四九年間の稼働可能期間の逸失利益を年五分の中間利息の控除につき新ホフマン式計算によつて算定すると、二八〇七万八四七三円となる。

(2) 慰藉料 二〇〇〇万円

控訴人洋一が治癒不能の重大な脳性麻痺後遺症により、生涯を通じ、肉体的、精神的苦痛を受けることは明らかであり、右苦痛を慰藉するに足りる慰藉料は二〇〇〇万円が相当である。

(3) 看護費用 五五〇一万〇八八〇円

控訴人洋一は、日常の起居動作を独力ですることが不可能であり、日常生活全般に介護が必要である。右介護を得るための看護費用は一日五〇〇〇円の割合による年額一八〇万円程度は必要であり、同控訴人の生存中すなわち昭和五八年における九歳の男子の平均余命の範囲内の七四歳までの看護費用につき右金額を基準として年五分の割合による中間利息を新ホフマン式計算法により控除しその現価を算出すると五五〇一万〇八八〇円となる。

(二)  控訴人幸男、同裕子の慰藉料各一〇〇〇万円

控訴人洋一の後遺症は生命を害された場合と比肩しうる程度のものであるから、控訴人幸男、同裕子の慰藉料は各一〇〇〇万円が相当である。

(三)  弁護士費用

控訴人らは、本件訴訟を控訴代理人らに委任した。その弁護士費用は請求額の一割が相当である。

5 結論

よつて、被控訴人ら各自に対し、控訴人洋一は、右損害賠償金の一部請求として金七二九七万円及びうち金六六九七万円に対する訴状送達の日の翌日である昭和五二年三月四日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、控訴人幸男、同裕子は、右慰藉料各金一〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五二年三月四日から支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。」

2  原判決一〇枚目裏二行目から三行目にかけて「九月二〇日、同月二三日と」とあるのを「九月二三日に」と改める。

3  原判決一〇枚目裏末行末尾の次に次のとおり付加する。

「なお、関西労災病院における総ビ値測定値一二・六は、九月三〇日に測定されたものではなく、同月二八日、兵庫県立西宮病院において測定されるまでに関西労災病院において測定されたものである。」

4  原判決一四枚目裏七行目と八行目の間に次のとおり加入する。

「控訴人洋一は黄疸が出現したころから哺乳力が弱くなり、元気がなくなつたものであるが、これはプラーハの第一期症状であり、また、同控訴人が起こしたけいれん様の発作及び痙性症状と目される入浴時に両手を固く握りしめるような異状な動作はプラーハの第二期症状である。さらに同控訴人には核黄疸の後遺症としてパールステインの挙げるアテトーゼ、上方視麻痺、歯のエナメル質形成異常、聴覚障害の四主徴うちアテトーゼ、聴覚障害の二症状があることからみても、同控訴人が核黄疸に罹患していることは明らかである。」

第三  証拠<省略>

理由

一控訴人洋一は、控訴人幸男、同裕子夫婦の長男であり、昭和四九年九月一七日、控訴人裕子が被控訴人西宮市の開設、維持、管理する中央病院に入院し、同日午後九時五〇分、控訴人洋一を同病院において出産したことは当事者間に争いがない。

二中央病院における控訴人洋一の症状と診療経過

請求原因2(二)(1)の事実、控訴人洋一に出産後黄疸が出たこと、同控訴人があまり泣かなかつたこと、被控訴人田村が九月二三日と同月二六日に同控訴人を診察して同控訴人の黄疸を生理的黄疸の範囲内にあると診断したこと、被控訴人田村が同月二三日に控訴人洋一の退院を許可し、同日同控訴人が中央病院を退院したこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、<証拠>を総合すると、次のとおり認められる。

1  控訴人裕子は、九月一七日午後三時ころ破水し、同日午後四時一〇分ころ中央病院に入院し、午後九時ころ陣痛が始まり、午後九時五〇分控訴人洋一を出産した。控訴人洋一は、出生当時体重三五〇〇グラムの満産児で、アプガー指数一〇点であり、入院時から出生時までの児心音も正常で、出産直後には活溌に産声をあげ、特に異常はなかつたが、頸背部に二回りの臍帯巻絡があり、また羊水に混濁がみられた。右羊水混濁の色、程度、状態等は不明であるが分娩記録上特に異常とする所見は示されていない。午後一〇時二〇分、控訴人洋一は新生児室に移された。当時、中央病院では、新生児を出生後二日間は新生児室にとどめて小児科医師の管理のもとにおき、その間に異常が認められなければ、三日目に母親のもとに移して母子同室とし、その後は看護婦が観察にあたり、医師はその報告あるいは看護記録によつて新生児の状態を把握し、必要に応じて適宜診察のうえ処置する態勢がとられ、退院の許否は小児科医師が診察して決定することになつていた。

2  控訴人洋一は、九月一八日午後三時以後母乳による哺乳を始めた。その後同月二〇日の午前三時にミルク二〇ccが補われたが、以後は母乳だけでまかなわれている。母乳の場合哺乳量は記録されないが、同月一八日、一九日の哺乳力は良好と観察され、格別の変化はみられない。ただ、控訴人裕子は哺乳のとき連れて来られる控訴人洋一がほとんど泣かないことが気になつた。一八日零時の看護記録には「啼泣(一)」の記載がある。

3  同月二〇日午前六時ころ控訴人洋一に黄疸が出現したが、被控訴人田村は診察のうえ生理的黄疸であると考えて午前一一時ころ同控訴人を母親のもとへ移し母子同室とした。同控訴人の哺乳力は概して良好であると観察されたが、控訴人裕子は飲み方が弱々しいように感じた。同日の看護記録には、午後六時「哺乳力良好、黄疸(+)」、午後四時「母乳分泌良好も哺乳力緩漫」、午後九時「哺乳力良好、格変なし」の各記載がある。

4  翌二一日、午後九時ころの看護婦の観察で控訴人洋一はやや活気がないようにみうけられたが、哺乳力は良好と認められた。なお、同日中に同控訴人は小児科担当の副院長久保山医師の診察をうけて退院を許可された。同日の看護記録には、午前六時「哺乳力良好、母乳分泌良好、黄疸(+)」、午後三時「哺乳力良好、格変なし」、午後九時「哺乳力良好、母乳のみ、黄疸(+)にてやや活気なし、排尿、排便良好」の各記載がある。

5  翌二二日、控訴人洋一の黄疸の程度は増強した。午前一〇時ころ同控訴人を観察した海原君子助産婦は、経験に照らし、退院をするには黄疸の程度が強く、また、同控訴人がなんとなく元気がないように感じられたので、控訴人裕子に退院を延ばして経過をみた方が良く、翌日(日曜日)被控訴人田村が当直だからその診察をうけたうえで退院するように勧めた。この日も控訴人洋一の哺乳力は緩漫であり、依然としてあまり泣かず、また、早朝には暫くの間呼吸を停止して変な顔をし口唇の周囲にチアノーゼを呈したので、控訴人裕子はそのことを午後三時ころ巡回に来た看護婦に訴えたが、神経質に過ぎるとしてとりあつてもらえなかつた。同日の看護記録には、午前六時「哺乳力良好」、午後三時「哺乳緩漫、黄疸(+)、母親神経過敏気味にて説明す」の各記載がある。

6  翌二三日、午後四時ころ看護婦の連絡により出勤した被控訴人田村が控訴人洋一を診察した。被控訴人田村は、黄疸の程度は少し強いが、哺乳力が良好で、同日の体重は出生時の三五〇〇グラムに回復し(一八日、三四八〇グラム、一九日、三四一〇グラム、二〇日、三四二〇グラム、二一日、三四八〇グラム)、その他の異常所見が認められなかつたので、母乳による遷延性黄疸であり病的なものではないと判断して退院を許可した。なお、控訴人洋一の体温は出生以後平常で三七度Cを超えたことはない。また、被控訴人田村は控訴人洋一に哺乳力があることなどから黄疸は病的なものではないと判断していたので、入院中を通じ血清ビ値を測定して黄疸の程度を確認することをしていない。同日の看護記録には、午前六時「哺乳力良好、黄疸著明」、午後三時「黄疸強度のため田村ドクター回診まで退院待つとのこと」の各記載がある。

同日、控訴人洋一は退院した。

7  控訴人洋一は、退院後もほとんど泣かず、黄疸も退院時に比べればやや弱くなつたもののなお残つており、また、二二日の早朝に起きたチアノーゼを伴つた発作がその後も起きるので、控訴人裕子は被控訴人田村に連絡したところ、同被控訴人から来院を指示され、同月二六日午後二時ころ中央病院において同被控訴人は控訴人洋一を診察した。控訴人洋一の黄疸はその日も退院時に比べると弱くなつていたがなお残つており、引起し反射テストでは頭が垂れる状態であり、また、控訴人裕子から前記のとおり夜中に控訴人洋一が暫くの間呼吸をとめて口唇の周囲にチアノーゼが出る発作が二二日朝から二五日朝くらいまであつたこと、哺乳力は良好だが依然として泣声が一声だけで終つてしまうことなどを訴えられたけれども、モロー反射は活溌、目の回転テストも良好で、吸引反射に異常はなく、実際に授乳させてみたところでも哺乳力は良好であつたところから、被控訴人田村は、控訴人洋一の黄疸が母乳による遷延性黄疸であつて病的なものではないと診断し、血清ビ値を測定するまでもないと考え、暫くようすをみることにした。

<中略>

三関西労災病院及び兵庫県立西宮病院における控訴人洋一の診療経過と症状

<証拠>によれば、次のとおり認められ<る。>

1  控訴人裕子は、控訴人洋一の黄疸が核黄疸ではないか心配だつたので他の病院でも診察をうけようと考え、同月二七日、二八日及び三〇日に関西労災病院において控訴人洋一の診察をうけた。同病院においては、二七日と二八日にそれぞれ血清ビ値の測定及びフェノバールビタール(血中の間接ビリルビンの減少をもたらす効果がある。)の注射をうけたが、控訴人洋一の臨床症状につき格別異常とする所見は示されなかつた。血清ビ値は、二七日測定のものが総ビ値二三・六(間接ビ値二一・三)、二八日測定のものが総ビ値一二・六(直接ビ値一・八、間接ビ値一〇・八)であつた。

2  二八日に関西労災病院で診察をうけたのち控訴人洋一は兵庫県立西宮病院において診察をうけた。同病院においても血清ビ値の測定をうけ、総ビ値一八・二(直接ビ値一・八、間接ビ値一六・四)であつたが、臨床症状については格別異常とする所見は示されなかつた。控訴人裕子は控訴人洋一の交換輸血を希望したが、担当医師は、ビ値が前日関西労災病院で測定したビ値に比べて下つていること、出生後の日齢も一一日になつていること、ビ値自体も交換輸血を必要とする程のものではないことから、交換輸血をすべき場合にあたらないと考えて実施しなかつた。

四昭和五〇年一〇月以降の控訴人洋一の症状と診療経過及び現在の状態

次のとおり、付加、訂正するほか、原判決二〇枚目裏六行目冒頭から二一枚目裏一〇行目末尾までの説示と同一であるから、これを引用する。

(1)  <省略>

(2)  原判決二一枚目表一〇行目の「診察したのであるが、」とあるのを「診断した。控訴人洋一の黄疸は昭和四九年一〇月中旬ころ消失し、それに伴つて泣声をたてるようになつたが、」と改める。

(3)  原判決二一枚目裏一〇行目末尾の次に左のとおり付加する。

「なお、控訴人洋一には全音域にわたる軽度の聴力障害があるが、知能程度にさしたる遅れは認められず、また、CTスキャンの検査結果からは、現在、脳室拡大、脳萎縮、異常高吸収域あるいは低吸収域等の異常所見は認められない。」

五新生児の核黄疸

次のとおり付加、訂正するほか、原判決二一枚目裏一二行目冒頭から二五枚目表初行末尾までの説示と同一であるから、これを引用する。

(1)  <省略>

(2)  原判決二二枚目表八行目の「非結合ビリルビン(間接ビリルビン)」とあるのを「間接ビリルビンでアルブミンと結合できない非結合ビリルビン(フリー・ビリルビン)」と改める。

(3)  原判決二二枚目表一〇行目の「細胞膜の」とあるのを「新生児の未成熟な血液脳関門を通過して細胞膜の」と改める。

(4)  原判決二二枚目表末行冒頭から同裏二行目の「として、」までの記載を「2 したがつて、核黄疸は、新生児期における血液中のアルブミンのビリルビンに対する結合能力を超える間接ビリルビンの増量を伴うすべての高間接ビリルビン血症がその基礎疾患となりうるが、主要なものとして、」と改める。

(5)  原判決二二枚目裏五行目冒頭から一〇行目末尾までの記載を「なお、新生児期に核黄疸が発生する原因として、新生児は血液脳関門が未熟であるために脳にビリルビンが侵入し易いと説かれているが、現在ではそれよりもアルブミンのビリルビン結合能力を阻害する要因の存在が重要視されるようになつた。」と改める。

(6)  原判決二二枚目裏一一行目の「そしてこの」とあるのを「このうち血液型の母子不適合に基づく」と改める。

(7)  原判決二三枚目表八行目の「筋緊張低下、」の次に「不元気、」を加入する。

(8)  原判決二三枚目裏九行目の「頻度は」の次に「白色人種に比べて」を加入し、同一〇行目の「大多数は」の次に「核黄疸の原因とならない」を加入する。

(9)  原判決二四枚目表三行目の「母乳黄疸という。」から四行目末尾までの記載を「母乳性黄疸(母乳による遷延性黄疸)という。母乳性黄疸はその発症時期及び血液中のビリルビン濃度からその多くが良性の黄疸であつて特別の治療を要しない。」と改める。

(10)  原判決二四枚目表九行目の記載を「プラーハの分類に従つてよいが、すべての症状が型どおりに現われるものではないし、また、一過性の症状を示すこともあるので注意深い観察が必要とされている。」と改める。

(11)  原判決二四枚目裏九行目冒頭から二五枚目表初行末尾までの記載を次のとおり改める。

「7 アテトーゼは核黄疸後遺症に一〇〇パーセントみられる必発症状であるが、たとえば頭蓋内出血などの他の原因によつてもアテトーゼ型の麻痺となるので、アテトーゼ型の麻痺の存在だけからその原因が核黄疸であると断定することはできない。」

六控訴人洋一の脳性麻痺の原因

前記認定にかかる控訴人洋一の症状、診療経過及び新生児の核黄疸に関する医学的知見に基づき、<証拠>を総合すると次のとおり認められる。

1  控訴人洋一の血液型はA型、控訴人裕子のそれはO型で、二人の間にはABO式母子血液型不適合が存在するが、血液型不適合による新生児溶血性疾患に基づく黄疸は通常生後二四時間以内に早発するとされているのに、控訴人洋一の黄疸は生後五六時間目の九月二〇日午前六時ころ発現したことが確認されていること並びに同控訴人の黄疸発症後の症状の進行が溶血性疾患に特徴的な急激な増悪を示していないことなどに照らすと、同控訴人の黄疸がABO式血液型不適合による新生児溶血性疾患に基づくものであることは否定するのが相当である。

2 控訴人洋一の血清ビ値が、生後一〇日目の九月二七日の測定で二三・六(間接ビ値二一・三)、翌二八日の測定で一二・六(直接ビ値一・八、間接ビ値一〇・八)及び一八・二(直接ビ値一・八、間接ビ値一六・四)であることは前記認定のとおりである。二六日以前においては血清ビ値の測定がされていないのでいまこれを確定することはできないが、新生児の血清ビ値の推移は、母乳性黄疸の場合を含め一般に生後一〇日目は既に下降期にあること、控訴人洋一の黄疸は退院時の九月二三日が最強でその後は程度が減少していることに徴すると、二六日以前において(右黄疸の程度の推移からして二二日ないし二三日に最高値を示していたものと考えられる。)、控訴人洋一の血清総ビ値は右二三・六を超えていたものと推認され右認定に反する証拠はない。

そして、右事実に、前記認定にかかる控訴人洋一の出生後現在に至るまでの症状すなわち九月二〇日午前に黄疸の出現が認められ、翌二一日から二三日にかけてこれが増強するとともに、核黄疸の第一期症状の吸啜反射減弱ないし不元気とみられる哺乳力緩漫、活気のなさを呈し、さらに二二日から二五日にかけて核黄疸の第二期症状のけいれん発作と目される夜中に暫く呼吸を停止して口唇の周囲にチアノーゼを呈する症状がみられたこと、控訴人洋一の脳性麻痺は筋痙直性を伴うアテトーゼ型(但し左右差がある。)であるが、アテトーゼ型は核黄疸後遺症として必発の症状であり、さらに同控訴人には全音域にわたる軽度のものではあるが、核黄疸後遺症の主徴のひとつである聴力障害があること、同控訴人は運動機能の障害に比して知能程度にはさしたる遅れが認められないが、これは核黄疸による脳性麻痺の特徴的な症状であること、さらには、核黄疸以外に重度の脳性麻痺の原因として考えられる基礎疾患すなわち脳の奇形、胎内あるいは出生後の感染症、胎児仮死あるいは新生児仮死、外部からの障害等の存在を示す症状の具体的事実経過は本件において控訴人洋一についても控訴人裕子についても認められないことなどを併せ考えると、控訴人洋一の脳性麻痺の原因は特発性高ビリルビン血症に基づく核黄疸であると認めるのが相当である。右認定を右左するに足りる証拠はない。

3  被控訴人らは、控訴人洋一の分娩時に羊水混濁と臍帯巻絡がみられたことは、同控訴人が出生前に脳の無酸素症を起こしていた可能性を示すものと主張するが、前記認定にかかる同控訴人の出生前後の状況に照らすと、同控訴人が中央病院に入院した時から出生に至るまでの間に胎児仮死の状態になかつたことは明らかであり、また、それ以前の時期において胎児仮死など脳の無酸素症の原因となる状況にあつたことを示す具体的な事実の経過を認めるに足りる証拠がないことは前記のとおりである。

被控訴人らは、さらに、控訴人洋一が生後黄疸が発症する以前から啼泣しないという異常があつたことは、同控訴人の脳性麻痺が核黄疸とは異なる原因によるものである可能性を示すと主張するが、前記認定のとおり、同控訴人がアプガー指数一〇点の満産児として出生し、出生直後は活溌に泣いていたこと、その後、泣声が一声で終るなどあまり泣かない状態であつたがまつたく泣かないというのではなく、一〇月中旬ころ黄疸が消失するとともに再び泣声を立てるようになつたことなどに照らすと、右事実は未だ同控訴人の脳性麻痺が核黄疸に基づくものであるとの認定を覆すに足りるものとは認めることができない。

七被控訴人田村の過失

1 核黄疸の効果的な治療法としては交換輸血のみであり、プラーハの第一期症状の段階で交換輸血をすれば後遺症を残すことはないが、第二期症状に入ると脳の病変が不可逆的となり、たとえ交換輸血を行つても効果はなく後遺症を残す可能性が強いこと、交換輸血の適応は、成熟児の場合、特発性高ビリルビン血症では一応血清総ビ値二五以上と考えられているが、核黄疸の臨床症状、合併症の有無などを総合してその必要性を判断すべきものとされていることは前記認定のとおりであり、<証拠>によれば、控訴人洋一の出生した昭和四九年当時、以上の知見は一般小児科医の間に広く普及し認識され、臨床医学的にも定説をなしていたものと認められ<る。>

そして、このような核黄疸の治療としての交換輸血の重要性、特にその実施時機を失してはならないことに照らすと、新生児に黄疸の発現をみた場合、その医療にあたる小児科医としては、新生児の観察を慎重にしてプラーハの第一期症状の発症を見逃さないようにするとともに、その疑いがあると認められたときには、直ちに血清ビ値の測定をして黄疸の程度、進行状況を把握し、いやしくも交換輸血の時機を失することのないようにすべき注意義務があると解するのが相当である。

2 したがつて、本件において被控訴人田村は、控訴人洋一に前記のとおり出生後三日目の九月二〇日黄疸が出現し、二三日にかけてそれが増強し、さらにプラーハの第一期症状を疑わせる哺乳力緩漫、活気のなさがあつたことを看護婦の報告あるいは看護記録によつて知つていたと推認されるのであるから、右時期における控訴人洋一の症状を注意深く観察するとともに、直ちに血清ビ値を測定し、同控訴人の黄疸が核黄疸に至る蓋然性があることをその初期の段階において発見し、時機を失することなく交換輸血を行い、核黄疸の進行を阻止すべき注意義務があつたものというべきである。

しかるに、被控訴人田村は、控訴人洋一の黄疸を生理的黄疸の範囲内にあると考え、核黄疸の発生の蓋然性を予測することなく、右時期において血清ビ値の測定をしなかつたため、後記のとおり、核黄疸の発生を早期に発見することができず、適切な交換輸血の機会を失したものであるから、控訴人洋一の診療につき小児科医としての十分な診療義務を尽さなかつた過失があると認めるほかはない。

八被控訴人田村の過失と控訴人洋一の脳性麻痺との間の相当因果関係及び同被控訴人の責任

控訴人洋一の脳性麻痺が核黄疸によるものであること、核黄疸のプラーハの第一期の状態において直ちに交換輸血を行えば、通常脳性麻痺の後遺症の発生を阻止できることは前記のとおりであり、被控訴人田村がこの時期に血清ビ値の測定をしその検査結果を得たとしても、控訴人洋一が核黄疸であることを認識できず、交換輸血が必要であることを知りえなかつた状況にあつたことを認めるに足りる証拠はないから、控訴人田村が右血清総ビ値の測定をしていれば、同被控訴人は控訴人洋一の核黄疸後遺症発生の蓋然性を予測し、交換輸血の必要性を認識しえたものと推認すべく、したがつて、控訴人洋一の核黄疸後遺症としての脳性麻痺は被控訴人田村の前記過失により交換輸血の時機を失したために生じたものというべきである。

したがつて、被控訴人田村は、民法七〇九条、七一〇条、七一一条に基づき控訴人らが被つた後記損害を賠償すべき責任がある。

九被控訴人西宮市の責任

被控訴人田村が被控訴人西宮市の公務員として被控訴人西宮市の管理、運営する中央病院に勤務し、その職務の遂行として控訴人洋一の診療を担当したことは、当事者間に争いがないから、被控訴人西宮市は民法七一五条に基づき控訴人らが被つた後記損害を賠償すべき責任がある。

一〇控訴人らの損害

1  控訴人洋一の逸失利益 二八〇七万七八四三円

前記控訴人洋一の脳性麻痺の現状からすると、同控訴人はその生涯を通じて労働能力を一〇〇パーセント喪失したものと認められるところ、労働省統計情報部発行の昭和五八年度賃金センサス第一巻第一表、産業計、企業規模計、学歴計、男子労働者の一八歳―一九歳の平均給与年額は一七一万〇一〇〇円であるから、右金額を基準として、同控訴人の一八歳から六七歳まで四九年間の稼働可能期間の逸失利益の昭和四九年九月二三日当時(退院時)の現価を新ホフマン方式により年五分の中間利息を控除して算定すると二八〇七万七八四三円となる。

1,710,100×(29.0224−12.6032)=28,078,473

2  控訴人洋一の慰藉料 二〇〇〇万円

前記控訴人洋一の脳性麻痺の現状その他本件における諸般の事情を考慮すると、二〇〇〇万円が相当である。

3  控訴人洋一の看護費用 三六六七万三九二〇円

前記控訴人洋一の脳性麻痺の現状及び原審における控訴人裕子本人尋問の結果によれば、控訴人洋一は、日常生活を独力ですることが不可能であり、生涯を通じて日常生活全般に介護が必要であると認められ、右介護を得るための看護費用は一か月一〇万円の割合による年額一二〇万円をもつて相当とするところ、同控訴人の生存中すなわち昭和五八年度における九歳の男子の平均余命の範囲内の七四歳までの看護費用相当の損害額の昭和四九年九月二三日当時の現価を、右金額を基準として新ホフマン方式により年五分の中間利息を控除して算定すると三六六七万三九二〇円となる。

1,200,000×35.5616=36,673,920

4  控訴人幸男、同裕子の慰藉料 各三〇〇万円

控訴人洋一が重度の脳性麻痺となり、その程度は生命侵害にも比肩しうるものであると認められるところ、本件における諸般の事情を考慮して各三〇〇万円をもつて相当と認める。

5  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等諸般の事情を考慮すると、控訴人洋一につき三〇〇万円、控訴人幸男、同裕子につき各三〇万円をもつて相当と認める。

一一以上の次第で、控訴人らの請求は、被控訴人らが各自不法行為による損害賠償として、控訴人洋一に対しその請求の範囲内である金七二九七万円及びうち六六九七万円に対する昭和五二年三月四日から右支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを、控訴人幸男、同裕子に対し各三三〇万円及びそれぞれ弁護士費用を除くうち金三〇〇万円に対する昭和五二年三月四日から各支払ずみに至るまで右と同じ割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容すべく、控訴人幸男、同裕子のその余の請求はいずれも失当としてこれを棄却すべきである。

一二よつて、控訴人洋一の本件控訴は理由があるから、原判決中控訴人洋一に関する部分を取り消して同控訴人の本訴請求を認容し、控訴人幸男、同裕子の本件各控訴は右の限度で理由があるから原判決中同控訴人らに関する部分を右の限度で変更することとし、民訴法八九条、九三条、一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官乾 達彦 裁判官東條 敬 裁判官馬渕 勉)

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